丸い土俵のあれこれ
土俵の起源は信長の時代だといわれています。
相撲場のまわりを力士が取り囲み、その人垣の中であいてを押し倒したほうが勝ちです。
周りを囲んだ力士を「人方屋(ひとかたや)」といいました。
江戸時代のころ、人方屋の代わりに五斗俵を円形に並べるようになりました。
本場所初日の前日に「土俵祭」がおこなわれ、事故がなく場所が進むことを祈願します。
その中に「縁起物鎮め(えんぎものしずめ)」という儀式があります。
これは、土俵の中央に穴を掘ってお神酒をそそぎ、勝栗、こんぶ、洗米、カヤの実、するめを埋めて、縁起を担ぐのです。
これらは場所中ずっと埋められています。
土俵には仕切り線がひいてありますが、これは「エナメル」で書いてあります。
土に塗られたエナメルはしっかりと定着して、簡単にははがれません。
踏んでもこすっても大丈夫です。
土俵の上方につり天井があります。
もとは四隅に柱がありましたが、見えにくいのでつり天井になりました。
四隅の房はそれぞれ意味があって、四方、四季と四神に対応しています。
- 青房(東北の隅) 春、青龍、東
- 赤房(東南の隅) 夏、朱雀、南
- 白房(西南の隅) 秋、白虎、西
- 黒房(西北の隅) 冬、玄武、北
塩をまくのは?
力士は土俵で塩をまきますが、これは「清めの塩」です。
神聖な戦いの場所である土俵の邪気を祓い清めるという意味があります。
江戸時代、元禄(1688年〜1704年)のころ江戸勧進相撲(えどかんじんずもう)の組織制度が整い、礼式なども整備されて神道の禊祓(みそぎばらい)の形をとるようになりました。
そのときに、塩、紙、水が用意されるようになりました。
紙は「力紙」または「化粧紙」、水は「力水」とよばれます。
決まり手
相撲の決まり手は微妙なものも多く、テレビの解説と場内放送とが食い違うこともあります。
相撲協会の公式記録はもちろん場内放送のほうですが、これは裏正面に控えている決まり手担当の行司二名が決定することになっています。
はっきりしないときは、監察委員室の決まり手担当の親方が決定します。
決まり手は「四十八手」などといわれたりしますが、現在は七十手ほどに整理されています。
(06/10/07)
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(06/10/07)掲載
